「ろう者より先に怒るな、泣くな、笑うな」

「ろう者より先に怒るな、泣くな、笑うな」

            ~行こう  とにかく行こう~

手話通訳者はいろんな所に出掛け、多くの出会い、多種多様な経験をする。

ただ、この経験はろう者が主体者として経験することであり、通訳者は通訳行為を通じて「疑似体験」的な場面を経験しているにすぎない。

 しかし、通訳者の役割を十分に認識していないと通訳者が「実体験」をして、主体者であるろう者が「疑似体験」をしているような場面が生まれることになる。

例えば聞こえる人がろう者に対して失礼な発言をしたような場合に、ろう者が怒る前に通訳者が怒るというような場合である。通訳者は自分が怒る前にその失礼な発言をろう者に「通訳」することを最優先しなければならない。

同じような例として通訳者が手を動かす前に笑ったり、泣いたりしてろう者への情報提供が遅れてしまうことがある。通訳しているのは人間で、感情を持っているので場面によっては悲しみや怒りで感情を抑えきれず、通訳できないということも現実にはありえるだろう。

しかし、通訳者がその場所で疑似体験であるにせよ体験するのはろう者からの依頼があるからであり、依頼者よりも先に感情を表すことは通訳者として反省すべきであろう。

ただ、聞こえる人たちの大部分が示すと予想される感情をろう者が示さない場合に通訳者の伝える能力の不足のみでは片付けられない問題が存在する。何事にも我慢する事を押しつけられてきたろう者の場合は、聞こえる者の言うがままになっている例がある。

こんな時は通訳者の役割を捨てて一人の人間として憤りをぶつけたい衝動にかられることもあると思うが、通訳者は通訳場面では「個人」として存在しないのであり、通訳者の感情表出はありえないのが原則であることを忘れてはならない。

ただし、憤りを感じる感性は通訳者に欠かせない資質である。


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by toyonokuni | 2018-07-11 05:36 | センターの風 | Comments(0)

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