太陽を愛したひと ~1964 あの日のパラリンピック~

太陽を愛したひと ~1964 あの日のパラリンピック~

8月22日(水)NHK[総合]後10:00~11:10
向井 理、上戸 彩 主演
大分県の障害者スポーツの生みの親ともいうべき中村先生のドラマがあります。
「中村裕」は「太陽の家」の創始者でも知られている。
保護より機会を!」、「世に身心(しんしん)障害者はあっても仕事に障
害はあり得ない」という理念の下、1965年太陽の家を創設しました
  ぜひ、ご覧ください!

障害者スポーツの始まりは54年前、東京オリンピックの直後に行われたパラリンピックだった。
大会は一人の男がいなければなし得なかった。のちに日本パラリンピックの父と呼ばれるようになった中村裕だ。
ドラマ「日本パラリンピックの父 中村裕物語」の見所と、中村裕を紹介する。

主人公を演じる向井理は、台本を読んだときに泣いたと話した。
主人公の妻を演じる上戸彩は自分の居場所に幸せを感じたという。
中村裕は福岡の大学を卒業後、地元の病院で整形外科医として働いていた。
中村は恩師の教授から海外視察の話を持ちかけられる。
中村はイギリスの病院で障害者スポーツに出会う。

ドラマでは中村は部活動での事故で車イス生活となった少年アキラと出会う。
1961年、中村は地元大分で日本初の障害者スポーツ大会を開いた。
しかし、障害者を見せものにするなと批判があがった。

ドラマ撮影は挑戦の連続だった。半世紀前の車イスは現代のものとは違うものだった。
志尊淳はキャスター上げを数十分でマスターしたという。

1962年、中村は障害者スポーツの国際大会に2人の選手を出場させる。
大会での選手の活躍はマスコミに取り上げられ、東京パラリンピックにつながっていく。
1964年、東京でパラリンピックが開催された。
東京パラリンピックに出場した須崎勝己さんは、20歳のときに交通事故で半身不随になった。
須崎さんは中村のすすめで車いすバスケットを始めた。
パラリンピックの1年後、中村は
別府市に障害者が働ける施設「太陽の家」を作った。
今では1000人以上の障害者が働いている。

須崎さんも太陽の家で働いて自立し、職場で出会った女性と結婚した。
大分の国際車いすマラソンも中村が始めたことだ。


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by toyonokuni | 2018-08-22 17:39 | その他 | Comments(0)