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大分県聴覚障害者センターブログ

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2019年 03月 13日 ( 2 )

「無言の政見放送」事件

無言の政見放送」事件
この事件は1986年の衆議院と参議院のダブル選挙の時に起きました。この時の参議院選の東京都選挙区に雑民党というミニ政党に所属していた渡辺完一という人が立候補しました。この人は言葉を話すことができず、手話でコミュニケーションを取るろう者であり、ろう者が国政選挙に立候補したのはおそらく初のことでした。

参議院選に立候補するに当たり、この言葉を話すことができず、手話でしかコミュニケーションを取れないという障害が特に大きな問題になったのは政見放送でした。当時、参議院の比例区以外の政見放送では候補者本人以外が出演することを禁止していました。このため、政見放送のルールを厳格にあてはめた場合、手話をしている姿しか放映することができず、手話が理解できないほぼ全ての視聴者は候補者が何を伝えたいのか全く分からない状態になります。

このため渡辺完一は政見放送に字幕か手話通訳をつけてほしいと自治省や放送局などに内容証明郵便で申し込みました。しかし、これに対する返事が無く、収録の際に再度要求したものの、自治省や放送局は政見放送の規程になく、一人だけ特別扱いはできないと要求を拒否しました。なお、この拒否に関しては渡辺完一本人だけではなく、他の政党に所属する障害を有する複数の候補者も自治省に抗議する事態に発展しています。

このように抗議が複数あったものの、政見放送に字幕か手話通訳を付与してほしいという要求は通らず、テレビの政見放送では手話をしている映像のみが放映され、ラジオに至ってはときたま候補者の唸り声が流れるだけのほぼ完全に無音という衝撃的な内容になりました(なお、ラジオに関しては放送局側の判断で「手話通訳者を介することなく、手話による政見をそのまま放送しました」というお知らせを入れています)。

この「無言の政見放送」事件は社会に強烈なインパクトを与え、放映直後に数十件の抗議が自治省等に届きました。そして、様々な議論を呼び、翌年の1987年に候補者が声を発することができない障害を有している場合、原稿を提出すれば政見放送はアナウンサーが代読するという形に改められたのです(なお、この代読が行われた事例は現在のところ1回もありません)。
(ちなみに渡辺完一が所属していた雑民党は以前、『原則「編集厳禁」の政見放送。差別用語に他人への侮辱…どこまでが許されるのか? 』で紹介した東郷健が党首を務める政党であり、政見放送の歴史的な事件に東郷健は2回も関わっていたと言えます)

政見放送の聴覚障害者に対する支援
さらにこの事件は以前よりあった障害者の参政権についての議論を活発化させました。特に政見放送の前身である立会演説会には公費負担で手話通訳士が配置できたのに対し、政見放送では手話通訳士が配置できないという点は聴覚障害者にとって大きな問題になっていました。これに対し、自治省はテレビ画面では抽象的な言葉が手話ではうまく表現できないとしたことや字幕は字数制限があること、手話通訳士の不足などの問題を挙げていましたが、ようやく1995年に参議院選の比例区で政見放送の手話通訳が初めて認められました。

ただ、衆議院選の比例区は2008年からとかなり遅く、また衆議院選の小選挙区は持ち込んだ映像に手話を付与することはできるもののスタジオ撮影の場合はできず、参議院選の選挙区に至っては現在でも手話を付与することはできない状態になっています(これは手話通訳士が不足しており、全国一斉に行われる国政選挙では手話通訳士を確保できないという事情があります)。

また、中途失聴者などの手話を理解することのできない人に対しては字幕を付与することが望ましいですが、字幕の付与は衆議院選の小選挙区で映像を持ち込んだ場合と参議院の比例区以外は機材などの様々な事情からできず、まだ課題は多いといえます

by toyonokuni | 2019-03-13 17:28 | 協会・センターからの情報 | Comments(0)

聴覚障害者と手話

聴覚障害者と手話
 聴覚障害と言っても同一の障害ではないと考えた方が理解しやすいと思います。生まれた時から聞こえない人、病気や事故等中途で聞こえなくなった人、高齢になって聞こえの状態が悪くなった人、補聴器を使えば聞こえる難聴者等、個々で異なる障害と考えます。
 聞こえない人は「手話」をみんな使っていると思っている方が多くいます。聞こえの程度が重い聴覚障害者は、身体障害者手帳を持っている人の2割程度の人が「手話」を使っています。
そして、この手話はろう学校で指導していません。ろう学校の中で先輩の手話を見て学んできました。
 また、ろう学校の先生はみんな手話が分かるわけではありません。
普通学校などで指導していて、教職員の異動でろう学校に配属、手話が分からないままにろう学校の児童、生徒に指導することになります。
 最近はろう学校に赴任した時から手話講習会に通う先生たちが増えてきました。

 【ろう学校の開始】
1878年京都盲唖院で手話による教育が開始されました。しかし1880年に開催された「ミラノ会議」で手話法は口話よりも劣っていると取り上げられ、各国のろう学校が手話を禁止して、口話法を取り入れるようになりました。
【昔のろう教育に対して・・卒業生の感想】
「ろう学校時代は、多くの先生は手話を使わずに口話のみで授業をしていました。
先生の口の動きだけで話の内容を理解することは限界があると感じました。
普通の授業とは別に、口話・発語訓練の時間があり、幼稚部から高等部まての長い期間訓練を続けてきました。
今考えると、訓練の時間に費やした同じ時間をろう学校の先生が手話を使いながら、文章指導を受けていたら、自分の学力はもっと伸びたかもしれない。」とろう教育に対しての不満の声も聴かれます。

 以前と比べるとろう学校も変わってきました。手話を使うことを全面的に禁止していたろう者にとっては暗黒の時代が終わり、今はろう学校の教師が手話講習会に通い学習しています。
ろう学校の卒業式に校長自ら手話で挨拶する光景もみられ、ろう教育は変わってきました。
しかし、過去にろう教育を受けた多くのろう者はどうなるのか。
企業等に入ってもコミュニケーション面で職場の同僚とのトラブルが起きたりします

by toyonokuni | 2019-03-13 14:04 | 協会・センターからの情報 | Comments(0)